『参考』付録1


クロアチア(CROATIA)とユーゴスラビア(YUGOSLAVIA)  

▲第一次世界大戦前のクロアチアは、オーストリア=ハンガリー帝国下のハンガリー王国
のなかの自治王国。

▲旧ユーゴの国家的版図が決まったのは、第一次世界大戦後の1918年。「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」 という名前の統一国家を形成したが、1929年国王が独裁制を布告し「ユーゴスラビア王国」と改称。

▲第二次大戦後、東欧諸国に共産政権が続々と成立し「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)」となる。

▲この旧連邦を構成した6共和国のうち、南東部のセルビア、モンテネグロ、マケドニアおよびボスニア・ヘルツェゴビナはかつて、オスマン・トルコ帝国の支配を受けていたのに対して、北西部のスロベニアとクロアチアはオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあった。セルビアなどにはバルカンやイスラム文明の影響が残り、クロアチアなどには西欧やキリスト教文明の 痕跡が明瞭。

▲1991年、スロベニアのほかクロアチア共和国も加わって独立を宣言。 連邦軍が両共和国へ侵攻し内戦に入る。

▲1992年、連邦政府の中核にあったセルビア共和国自体が連邦解体を阻止できないと判断、モンテネグロ共和国とともに新しい「ユーゴスラビア連邦共和国(新ユーゴ)」を樹立。

▲マケドニア共和国も、1991年独立宣言。1993年に国連加盟。

▲ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国は独立宣言するも、内戦の修羅場と なる。1995年末、パリ和平協定の調印。


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