エピローグ
  このかくも不思議な縁


 庄野英二氏(児童文学者・元 帝塚山学院大学学長・物故)は、音楽之友社の「音楽展
望(昭和47年2月号)」に《ウ ボイ覚書》と題する手記を発表されている。  

 第一次世界大戦に於ける日本軍シベリア出兵のあたかも落し児のごとく、チェコ軍輸送
船の台風避難、下関沖での座礁、 神戸への回航、チェコ軍の逗留、そして関西学院グリ
ークラブとの交流など、偶然がつぎつぎと偶然を呼んで、このウ ボイと いう名曲がもたら
されたことについて、先生は次のように述べられる。

  「人間の想像を遥かに超えた神様の尊いおはかりごとであると、
   私はその不思議な縁にただただ感嘆久しくする ばかりである」

 ウ ボイのルーツ探索のきびしくて長い旅は、結局はこのことを我々に教えたかったのだろうか。

 1999年(平成11年)は、1889年(明治32年)に関西学院グリークラブが誕生してか
ら、ちょうど100年である。
1919年(大正8年)にウ ボイとの邂逅、1989年(平成元年)にはその生まれ故郷へ
の演奏旅行、そして100周年の1999年。 ウ ボイは、80年にわたって100年の歴史
のなかに息づき来って今日なお、光彩を放っているのである。

  多くの先人達は、そして我々もまた、この名曲を介して人々との感動的な出会いを享受
してきた。その中から、かもし 出された見えざる、量り知れない大いなるものの力にも支え
られて、関西学院グリークラブは記念すべき1999年を迎えるのである。

  このかくも不思議な縁の歴史の中で生かされている、との思いを深くするとき、感慨ひと
しおのものがこみあげてくる。

この小冊子の編集のもとになったのは、関西学院グリークラブ80年史(部史発行委員長 浅野昭太郎氏・昭和25年卆)と軽部 潤氏(昭和28年卆) の永年にわたる執念の集大成である諸資料(手記、プログラム、録音テープ、切抜など)である。
豊富な史実、的確な着眼、そして滲みでる情けの細やかさに圧倒されつつ、「ウ ボイのルーツ探索物語」のダイジェスト版を目指したが 力およばず汗顔の至りである。ご高覧の上、叱正いただければ望外の幸せである。

1998年(平成10年)10月
S30年卒業 矢島 康弘


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