ふるさとでの献唱 平成元年(1989年)



クロアチア音楽院ホールでU Bojを歌うグリークラブと新月会
<ザグレブ 1989年(平成元年)3月18日>

 故郷への旅のフィナーレは、誕生の地でチェコの兵士とグリークラブの先人に思いをい
たし、感謝のウ ボイを捧げたクロアチア音楽院ホールでの演奏会である。
その日は、夕方からの雨が夜になって本降りになった。開演まじかになっても出足が悪く
客席はまばら。

 新月会の木下団長(木下百太郎・昭和16年卆・物故)は、客席にとどまることにした。
同氏は、その時の感想を会報で述懐した。以下はその印象的なくだりの要約である。

  • 私は客席のど真ん中に座った。今までに何百回、何千回と歌ったり聴いてきたどのウ ボイよりも、すばらしかった。泣けて泣 けて もう、たまらなかった。

  • 女房のそばに二人の老婦人が近づいてきて、たどたどしい英語で話しかけたそうだ。「この歳になって、こんな素晴らしい演奏会、 はじめてです。なぜ、もっと宣伝しなかったのですか」

  • ミルナさんは、ザグレブから遥か遠くに住んで、多忙な方なのにほんとによくやってくれた。開演前なんかは、責任を感じ泣きながら右往左往 している姿を、私はこの目で見ている。我々は、ミルナさんに大いに感謝せねばならぬ。

 感激してくださったザグレブのご婦人、‘Mastery for Service’の心いきを教えてくれたミルナ、そして、来しかた最高のウ ボイだったと感涙にむせんだOB。ウ ボイは、その生まれ故郷でまた、70年前の神戸のあの時のように、国境を超えて心と心を結ぶ音楽の力強さ、献身的な奉仕の尊さ、そして感謝・報恩の大切さを再び教えてくれたのである。


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