演奏会はウ ボイ人気
   大正10年(1921年)〜昭和10年(1935年)


  チェコ兵士たちの友情の置き土産は、演奏会などで歌われ好評を博した。
 特にウ ボイの人気は群を抜いた。 当時の新聞は、こんな風に評している。

『 最終の賑わいを見せて関西学院グリークラブ゙の四部合唱は、チェック戦曲「前線へ!」で故郷をはなるる戦士の勇敢な隊伍、その心境を語って巳み難き血の逆流を歌う』 (大阪時事新報・大正10年6月22日付)

  今様にアレンジ゙すれば『アンコールに応えて、関学グリークラブはウボイを歌った。
 故郷を離れいく勇敢なる戦士の隊列は一糸乱れず、前線に向って正々堂々の行軍だ。
 血潮たぎらせ戦地に赴く戦士の心境 いかばかりか、グリークラブは、この歌に託して
 その勇姿を彷彿とさせてくれたのである』ということか。  昭和の軍靴の足音が、そこ
 まで来ている時代背景もうかがえる。

前線へ!

ウ ボイが“前線へ”という意味だけは、 チェコ軍兵士に教えられていた。
それ以上のことを調べるのは、難しかった。
ルーツ探索の糸口がつかめるは、40年余り後の昭和40年まで待たねばならないのである。

 
右は「クロアチア/英語」辞書の部分。

U Bojの「U」  は to
     「boj」 は battle, combatt とある。

ウ ボイで全国制覇なる

 昭和10年11月、関西学院グリークラブは全日本競演合唱祭(現在の全日本合唱コンク
ール)に出場。佐久間太郎(昭和12年卆)指揮のもと自由曲にウ ボイを選択して日比谷
公会堂のステージに登った。 そして、三年連続優勝を達成した。

 これがきっかけとなって、合唱音楽の愛好者に関西学院グリークラブとウ ボイが知れ
渡っていくことになる。


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